私が何者なのか、と一本釣り転職活動-前編

家庭も職場もマルチリンガル、マルチカルチャー。
異文化の見えない「壁」を、見える化して攻略する
アンバー遥です。

異文化の「壁」の話を続ける前に、
私とあなたの「壁」を攻略するため、
もう少し詳しく、私のことをお話します。

私は二十代後半まで、
実家暮らしをしておりました。

特に裕福ではないものの、
仲の良い両親と弟、
健康で慎ましい4人家族でした。

学生の頃もそうでしたが、
分別のつく歳になって以降
大きな決断や、
私がやりたいと思って計画したことに対して
両親から口出しをされたことはなかったので
(但し、大学まで出したのだから、
必要なお金は自分でなんとかしてね、
というスタンス)

かなり自由に、
自分でやりたいことを勝手に見つけてきて、
それに邁進することができました。

大学卒業の頃は、
その先のやりたいことがイマイチはっきりせず
一応就職活動をして内定はもらったものの、

ある時ふと、降りてきた兆しに
どうしても従わずにはいられず、
就職はしないことにして、
ニュージーランドへの語学留学を決めました。

大学在学中の4年間アルバイトをしていた
イタリアンレストランで、
卒業後の5ヶ月間も
ただひたすら留学資金のために働き、

宣言通り目標金額に達した8月、
アルバイトを辞めて、
貯めたお金でニュージーランドへ飛びました。

一度決めたら、時間がかかろうと
ゴールに向かって進む持久力はあるので、
それを両親は、努力ととらえて、
ある程度信用してくれたのかもしれません。

社会の一般的な枠にこだわることなく、
やりたいことをやらせてもらえたことは
今でも心から感謝しています。

そんな環境だったため、
留学からの帰国後も
実家を出る理由が特に見つからず、
地元の企業に就職して、
実家に暮らしていました。

しかし、30代を目前にし
私の価値観が劇的に変化することになります。

一社目の地元企業からは転職し
当時働いていたのは、
外資系の直営シティホテルで

総支配人含む主要ポストの何名かは
本社所属の非常にデキる方々でした。

私は広報担当という立場で働いていましたが、
本物のリーダシップを目の当たりにし
これが仕事のやり方か!と開眼。

自分がまとめた企画を実行に移して
結果を出すこと、

すると更に大きな仕事を任されるけれど、
プレッシャーを乗り越えて
さらなる結果を出すこと、

自分が能動的に働いて
会社の利益に貢献すること、

これらがとても楽しくなったのです。

情熱溢れるプロフェッショナルたちと
チームとして働くと、
物事がどんどん進んでいきます。

自分の役割をまっとうすることで
チームと結果に貢献できる達成感。

いろいろな挑戦をいくつもさせてもらう中、

ある異業種の一大プロモーションを指揮して
一時期、札幌に滞在されていた
「伝説のマーケター」
と、ある業界では呼ばれていた方とも
お近づきになれ、教えを請うたりもしました。

仕事ってなんて楽しいの!!

そしてデキる人は皆、関東からやってきて去っていく…。

とうっすら思い始めていた道産子、遥。

そんな矢先、

その外資系ホテルで私を採用してくださり、
様々な仕事を任せてくれた総支配人に加えて、

プロフェッショナルと一緒に仕事をすることが
こんなにも楽しいと感じさせてくださった、
主要ポジションの方々も

立て続けに異動することになりました。

恐らく、
開業以来の過去最高利益を叩き出していたので、
そのホテルを軌道に乗せた、ということで
新たなホテルの立ち上げや、立て直しなどに
本社からそれぞれ指令が降りたのでしょう。

同じ頃、私にはひとつの思いが湧き上がっていました。

ホテルというホスピタリティ産業では、
ハードは勿論のこと、スタッフのサービスがブランドの顔。

主力商品とも言えるスタッフが、
悲しいかな、志高くより高みを目指す人ほど、
目標を外に見つけて、
転職していってしまうことが多々あるのでした。

私は一社目も外食産業の広報という職で、
ホスピタリティ産業。

ここは一度、ホスピタリティ産業から離れて、
確固たるプロダクトをベースに、
競合との差別化を打ち出し、認知度向上を図っていく
そんなプロモーションやブランディングをやってみたい、
という思いが芽生えていました。

そして札幌というマーケットにとどまらず、
もっと大きなパイを相手にしたい、と。

その思いに加えて、
一緒に結果を出してきたチームがバラバラになる、
そのタイミングは、
まさに兆し以外の何者でもなかったと思います。

既に、ピンと来るプロダクトとは出会っていました。

それはホテル内に導入されていたのですが、
日本でのブランド認知度は高くない。
けれど欧米では販売実績もブランドも確立していた
とあるプロダクト。

この、「まだこれから」という
伸びしろがあるプロダクトの
ブランディングに携わりたくて、

それを国内で製造・販売していた
日本のメーカー(米国のライセンシー)に
自らコンタクトをとり、

「私はこういう仕事をしていて、
このような実績を作ってきました。

御社のプロダクトを、
こういう企画を通して
こういうやり方で、
この層の認知向上をはかり、
このようなブランディングをしていってはどうでしょうか。」

という売り込み型の、一本釣り転職活動をしました。

該当プロダクトを使って、
私が企画したホテルでのプロモーションの
企画書も、履歴書と一緒に送りました。

その結果・・・

(つづきはこちらから)

メルマガ登録はこちらから メルマガ登録はこちらから

 

「家庭も職場もマルチリンガル、マルチカルチャー」

そんなライフスタイルを、もっと詳しくメールマガジンにて配信予定です。

ご興味持っていただけましたら、ぜひご登録ください。



アンバー 遥 公式メルマガ
お名前(姓)
メールアドレス(必須)
Powered by メール配信システム オレンジメール

Related Entry

ワーキングママあるある?いやないか

【突撃!アンバー家の晩ごはん 鶏のハツと砂肝のカレー&ライタ...

治外法権のバレンタイン

ふんどし界への船出

オフィスのマスク美人(偽)

本業のはなし。オチはない